アンダーグラウンド

2008年04月06日
アンダーグラウンドアンダーグラウンド
(1997/03)
村上 春樹

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【評価】
★★★★☆(4点:人に貸す)



【紹介フレーズ】

 おそらくそれは一般マスコミの文脈が、被害者たちを「傷つけられたイノセントな一般市民」というイメージできっちりと固定してしまいたかったからだろう。もっとつっこんで言うなら、被害者たちにリアルな顔がない方が、文脈の展開は楽になるわけだ。そして「(顔のない)健全な市民」対「顔のある悪党たち」という古典的な対比によって、絵はずいぶん作りやすくなる。

 私はできることなら、その固定された図式を外したいと思った。その朝、地下鉄に乗っていた一人ひとりの乗客にはちゃんと顔があり、生活があり、人生があり、家族があり、喜びがあり、トラブルがあり、ドラマがあり、矛盾やジレンマがあり、それらを総合したかたちでの物語があったはずなのだから。ないわけがないのだ。それはつまりあなたであり、また私でもあるのだから。

 だから私はまず何よりも、彼/彼女の人となりを知りたかったのだ。それが具体的に文章になるにせよ、ならないにせよ。



1995年3月20日。東京で地下鉄サリン事件が起きました。それは朝の通勤時間帯をねらい、込み合った地下鉄の車内でサリンがまかれた事件です。乗客や駅員ら12名が死亡、5510人が重軽傷を負いました。事件後まもなくして、著者の村上春樹さんは被害者の方々に対するインタビューを敢行します。そして彼ら一人ひとりが持つストーリーをこの一冊にまとめました。

痛々しい記憶でいっぱいのストーリーなか、そこにある共通点が浮かびます。それは被害者の誰もが事件直後に「自分は事件とは無関係」と感じていたことです。たとえ周りで人が倒れ、自分の体調に異変がきたしても、それはただ「自分の体調が良くない」だけであり、外部とリンクすることがなかったといいます。不思議なことにあのときの自分にはそれ以外に考える余地がなかったと。。。

そういえば僕にも似たような経験がありました。それは地下鉄サリン事件と同じ年に起きた阪神大震災でのことです。地震があったこの日、わが家はそれなりの被害を受けました。家が壊れることこそありませんでしたが、部屋のタンスが倒れ、食器が全壊したり、と見るも無残な光景です。「なぜわが家だけがこんな目に」被害を受けた僕がまっ先に感じたのはこれでした。大きな地震です。改めて考えると被害はわが家だけでなかったことが想像できます。しかし当時の僕にはそれができませんでした。そう、そのときの僕はしばらくのあいだ外部とまったくリンクしなかったのです。

「事実は小説より奇なり」という言葉がありますが、この本にはそれがぴったり当てはまります。被害者の方々が持つ非日常的なストーリーが心に重くのしかかり、僕にとって忘れられない一冊になりそうです。

被害者の方々の多くは、今もなお頭痛などの後遺症に悩まされ続けているそうです。この事件は僕たちにとって過去のものですが、彼らにとっては今もなお続く事件なのです。
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